Photo by Kazma Kobayashi
昨年のフジロックでは出演したレッドマーキーから溢れるほど観客を集めたメルボルン(オーストラリア)を拠点に活動する覆面トリオ、グラス・ビームス。それから約1年、今回のSpotify O-EASTでの単独公演も即完。重要なのは、フジロックでの初来日時と現時点で彼らを取り巻く状況に大きな変化はない点だろう。バンドは相変わらずマスクを被っており、ラジャン・シルヴァを中心に結成されたという情報がある程度で、メンバーが誰なのかも、ラジャン・シルヴァがライブでどの楽器を担当しているかもわからなければ、まとまった作品も2021年のデビューEP『Mirage』に、2024年3月にリリースされた名門〈Ninja Tune〉移籍後のセカンドEP『Mahal』のみ。要するに、追加情報もなければ、新作の音源もない状態。つまり、それだけ「東洋(インド)と西洋の融合」「メルボルンのクルアンビン」などと形容される彼らの音楽のスタイルが絶大なインパクトを残していたということである。
さて、本題に移ろう。結論から言ってしまうと、素晴らしいライブだった。まずはヴィジュアル面。ステージには、上手からドラム、ベース、ギターが横並びに立つ形で、中央に立つベーシストの前に2台の(おそらく)サンプラーが左右対称で置かれている。ベース・アンプ、およびギター・アンプがステージ上には置かれていないのもあってか、とてもさっぱりとした印象のステージだ。しかし、ライブが進むにつれて、このステージの編成がしっかりと計算されたものであったことに気がつく。3人の演奏が会場のどの場所からも視覚的に捉えやすいというのはもちろん(3人の演奏している立ち姿だけでもめちゃくちゃカッコいい!)、ライブ中盤以降だろうか、ギタリストがベースに持ち替えて、ベーシストがベースを置いて2台のサンプラーを両手で操作している時間もあったのだが、その光景が照明とも相まってなんとも神々しいのだ。マスクをつけていて表情が見えない点はもはや問題ではないのだろう。と言うか、むしろ彼らの動きの一挙手一投足へと観客の視点を誘導していることを計算しているかのような見事なパフォーマンスだった。
さらにサウンド面。3人というミニマルな編成もあって決して音数が多いわけではないが、同期して流れているシンセやビートもあり、物足りなさは一切感じない。そして驚いたのは、ライブで体感する彼らのサウンドが非常にダンサブルであったことだ。無論、グラス・ビームスのトレードマークとも言えるシタール風のギターは呪術的かつサイケデリックなもので、音源で聴いているときはそれによって深い没入感が味わえるわけだが、ライブではどちらかと言えばファンキーでどっしりとしたリズムの方が強調され、身体的なダンスへの欲望が触発される。加えて、彼らは優れたDJさながら曲中でBPMを自在にコントロールしており、まるで操られるように、身体が動き出す。ソールドアウト公演とあって、なかなかダンスするスペースを確保するのが難しかったというのも手伝っていると思うが、はじめはステージをジッと見つめていた人も曲数を重ねるにつれて「踊らにゃ損」とばかりに身体を揺らし始めていた。
神々しく、ダンサブルな(アンコールを含め)約1時間ほどのステージで、想像通りMCはなし。ライブを見終えた今でもグラス・ビームスはミステリアスなままだが、本編の終わりとアンコールの終わりに何度も手を合わせて観客に感謝を伝える姿はとても真摯に見えた。再びの来日と、遠くない未来に発表されるであろうデビュー・アルバムを楽しみに待ちたい。
text by 高久大輝
昨年のフジロックでは出演したレッドマーキーから溢れるほど観客を集めたメルボルン(オーストラリア)を拠点に活動する覆面トリオ、グラス・ビームス。それから約1年、今回のSpotify O-EASTでの単独公演も即完。重要なのは、フジロックでの初来日時と現時点で彼らを取り巻く状況に大きな変化はない点だろう。バンドは相変わらずマスクを被っており、ラジャン・シルヴァを中心に結成されたという情報がある程度で、メンバーが誰なのかも、ラジャン・シルヴァがライブでどの楽器を担当しているかもわからなければ、まとまった作品も2021年のデビューEP『Mirage』に、2024年3月にリリースされた名門〈Ninja Tune〉移籍後のセカンドEP『Mahal』のみ。要するに、追加情報もなければ、新作の音源もない状態。つまり、それだけ「東洋(インド)と西洋の融合」「メルボルンのクルアンビン」などと形容される彼らの音楽のスタイルが絶大なインパクトを残していたということである。
さて、本題に移ろう。結論から言ってしまうと、素晴らしいライブだった。まずはヴィジュアル面。ステージには、上手からドラム、ベース、ギターが横並びに立つ形で、中央に立つベーシストの前に2台の(おそらく)サンプラーが左右対称で置かれている。ベース・アンプ、およびギター・アンプがステージ上には置かれていないのもあってか、とてもさっぱりとした印象のステージだ。しかし、ライブが進むにつれて、このステージの編成がしっかりと計算されたものであったことに気がつく。3人の演奏が会場のどの場所からも視覚的に捉えやすいというのはもちろん(3人の演奏している立ち姿だけでもめちゃくちゃカッコいい!)、ライブ中盤以降だろうか、ギタリストがベースに持ち替えて、ベーシストがベースを置いて2台のサンプラーを両手で操作している時間もあったのだが、その光景が照明とも相まってなんとも神々しいのだ。マスクをつけていて表情が見えない点はもはや問題ではないのだろう。と言うか、むしろ彼らの動きの一挙手一投足へと観客の視点を誘導していることを計算しているかのような見事なパフォーマンスだった。
さらにサウンド面。3人というミニマルな編成もあって決して音数が多いわけではないが、同期して流れているシンセやビートもあり、物足りなさは一切感じない。そして驚いたのは、ライブで体感する彼らのサウンドが非常にダンサブルであったことだ。無論、グラス・ビームスのトレードマークとも言えるシタール風のギターは呪術的かつサイケデリックなもので、音源で聴いているときはそれによって深い没入感が味わえるわけだが、ライブではどちらかと言えばファンキーでどっしりとしたリズムの方が強調され、身体的なダンスへの欲望が触発される。加えて、彼らは優れたDJさながら曲中でBPMを自在にコントロールしており、まるで操られるように、身体が動き出す。ソールドアウト公演とあって、なかなかダンスするスペースを確保するのが難しかったというのも手伝っていると思うが、はじめはステージをジッと見つめていた人も曲数を重ねるにつれて「踊らにゃ損」とばかりに身体を揺らし始めていた。
神々しく、ダンサブルな(アンコールを含め)約1時間ほどのステージで、想像通りMCはなし。ライブを見終えた今でもグラス・ビームスはミステリアスなままだが、本編の終わりとアンコールの終わりに何度も手を合わせて観客に感謝を伝える姿はとても真摯に見えた。再びの来日と、遠くない未来に発表されるであろうデビュー・アルバムを楽しみに待ちたい。
text by 高久大輝