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XX INTERVIEW TODDLA T
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TODDLA T
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トッドラ・T、来日直前インタビューが到着!
- あなたの音楽のバックボーンについてお訊かせください。
10代の頃はヒップホップにハマってた。MTVもよく見てたし、特にアメリカのヒップホップにね。そのうちに自然とアンダーグラウンドな音楽も聴くようになったんだ。13歳くらいで、DJに使えるようなものではなかったけど二台のターンテーブルを買って、それをきっかけにヴァイナルばかり買うようになったんだ。15歳になった頃、DJユースなターンテーブルも手に入れてちゃんと練習をするようになった。それと同じ頃に学校を中退して仕事をするようになって、パーティに出かけるようになったんだよ。そうするとヒップホップ以外にもレゲエやダンスホール、R&B、ソウルとかを知るようになって、それからハウス、テクノ、エレクトロ、ジャングル、ガレージも聴くようになった。16歳のときに自分のコンピュータを手に入れて、Fruity Loops(フルーティループス:音楽作成用ソフト)でビートを作り始めたんだ。そこから今につながっている感じだね。
- あなたが一番最初に影響を受けたアーティスト/音楽ジャンルはなんですか?
やっぱり一番はヒップホップ。シェフィールドのアンダーグラウンド・パーティに出かけるようになってからは、ローカルのDJがいろんな種類の音楽をミックスしているのに影響を受けたんだ。地元のDJパイプスっていうDJなんかは、レゲエをUSヒップホップやR&Bとつないだり、UKテクノ、シカゴハウス、UKガレージ、ジャングルって、ありとあらゆるタイプの音楽をセットに入れるんだけど、そこから生まれるサウンドは間違いなくシェフィールドのベース・ミュージックだった。それには衝撃を受けたよ。USラップだろうが、ジャマイカのレゲエだろうが、音楽は音楽だって教えてくれたんだ。だからDJとしてインスピレーションとなっているのは、地元の彼らなんだよ。
- そういった最初期に受けた影響や周囲の環境、あなたの出身地であるシェフィールドは、現在のあなたの音楽性に反映されていると思いますか?影響があるとしたらどのような部分か詳しく教えてください。
シェフィールドは、いろいろなカルチャーや人種がミックスされている地域で、それが音楽シーンに反映されていると思うんだよ。自分が何者かだとか、どこ出身かだとかは関係ないんだ。様々な要素が入り交じっている。例えば俺の家の近所を見渡しても、あっちにジャマイカ人が住んでいて、通りの先にはアジア人が住んでて、こっちにはレズビアンの人がいてとかね(笑)。貧困層、労働者階級もいれば、教会もある。俺が通った学校もそうだった。それにほとんどのやつが16歳で家を出るんだよ。こういう街の隅々を見てきたというのは、少なからず俺のサウンドに影響を与えただろうね。
- 以前の作品は現在の音楽スタイルとは幾分違う形の音楽性だと感じたのですが、明確に現在のスタイルに向かうきっかけとなるような出来事はありましたか?
俺は常に新しいものに興味を持ってるし、自然な変化だと思うけどね。前作を出してからの2年間で、音楽に対する姿勢もずいぶん変わったんだ。例えば前作をリリースするまでは、ほぼシェフィールドだけで活動していたのに対し、ここ1年半は、世界中の大きなクラブでDJをしていろいろな人にあったし、音楽がどうやって人に影響を与えるかとかも見てきた。それって音楽に大きく変化を与えたと思うんだ。たぶん以前のアンダーグラウンドなシェフィールド・スタイルに比べてよりわかりやすいセットになったし、よりストレートになったと思う。今制作中のアルバムも、前作と比べたら歌もの中心でホームリスニング用になってる。もちろん人としても成長しているわけで、音楽の嗜好ももっと幅広くなった。その結果、ある意味よりポップな感じも出てきてわかりやすくなったと思うし、実験的要素という意味では以前に比べたら少なくなってる気がする。とにかく、スタジオワークにしてもDJにしても同じことを続けるのは嫌なんだよ。
- ニュー・アルバムはNINJA TUNEからのリリースとなりますが、彼らとサインしたいきさつは?
以前からBIG DADA、そしてNINJA TUNEとは関係があったんだ。ルーツ・マヌーヴァの前作のトラックをいくつかプロデュースしたからね。彼は一時期シェフィールドをベースにしていた時期があって、スタジオで一緒になることがあったんだ。そこから自然と一緒にトラックを作ったりするようになって、彼の前作『Slime&Reason』では3曲をプロデュースした。本当に光栄だったよ。俺がロンドンに出かけて最初に買ったレコードの一枚が偶然にもルーツ・マヌーヴァの作品だったし、当時は彼のことをまったく知らなくて、ただUKのラップを聴きたくて買ったんだ。それまではほとんどがUSヒップホップばかり聴いていたからね。とにかく彼のトラックをプロデュースして、それがシングルになったことで、俺の名前を知ってくれる人が増えた。だから、新作を出すにあたって新しいレーベルを探していた俺が、彼らと契約するのは自然な流れだった。お互いを理解していると感じたんだ。それが一番重要だった。もともといろいろなパーティでNINJA TUNE / BIG DADAのスタッフとは顔を合わせていたし、完璧な組み合わせだと思ったよ。
- あなたはこれまでも1965Recordsなどのレーベルから作品発表してきましたが、それらのレーベルからアルバムを発表するといった選択肢はありましたか?
他のオプションももちろんあったよ。でもメジャーと契約するより、インディー・レーベルと契約するほうがいいって思ってた。関係性を大切にしたかったことが一番なんだ。1965 Records(Sony傘下)の頃は、スタッフが誰も電話に出ないってこともあったからね。だからスタッフといい関係を築くってことが、俺にとってすごく重要なポイントだったんだ。他のインディー・レーベルとも話をしたけど、いつも結局NINJA TUNE / BIG DADAの方がいいって思えた。それに、俺は彼らの歴史もリスペクトしてるからね。
- NINJA TUNEの印象はいかがですか?またニンジャのレーベル内で気になるアーティスト、影響を受けたアーティストはいますか?
俺の場合、彼らの作品で聴いていたのはほとんどがBIG DADAのものだけど、ルーツ・マヌーヴァは当然だし、ジャマーもだね。BIG DADAことは先進的なレーベルだと思ってたし、アンダーグラウンドに根付いているのに、その影響力はすごく幅広い範囲に及んでいる。他のレーベルは特定のジャンルに留まることが多いけど、BIG DADAにはそういった境界線を感じなかった。NINJA TUNEでは、もちろんMr.スクラフやコールドカット、ザ・シネマティック・オーケストラのことは大好きだし、俺が音楽にのめり込む以前からビッグだった。ただ俺の趣味としてはBIG DADAものが中心だったかな。
- アルバムの話題に移りましょう。ニュー・アルバムはどのようなコンセプトで、どんな感じになるのでしょうか?
もうほとんど完成しているよ。前作とは全然違うものになってる。俺自身、人としても、何がやりたいかも変わったからね。前作の制作時は、ずっとシェフィールドにいたけど、それからはずっと世界を回っていたし、以前にも増してクラブにも足を運ぶようになった。いろんな音楽を知ることにもなったし、ジャマイカにも二度行ったし、アメリカにも行った。視野が広がったんだ。新作でのジャマイカンっぽい要素はより本格的になったと思うし、R&Bの要素もより本格的になった。そうすることで、ジャンルにとらわれない作品になったと思うんだよ。俺はそういう作品が好きなんだ。ダンスホールとかソウルとか、ハウスとかガレージのレコードとかって特定のジャンルに収まる作品にはしたくなかったんだ。トラック一つ一つにあらゆる要素を込めたかったんだよ。前作を作ったときは21歳だったけど、今は25歳になってる。その違いもわかるようにしたかったかな(笑)。前より認知度も上がったし、すべての要素において成長しているところを見せたかったんだ。
- NINJA TUNE XX JAPANでの来日も直前ですが、ライブへの意気込み、日本のオーディエンスへのメッセージ、日本でしたいことをそれぞれ教えていただければ。
すごい楽しみにしてるよ!まだ実は一回も行ったことがなくて、行くなんて想像もしてなかったからさ。みんなが、日本に行ったらその違いに驚くよって言うんだ。まったく想像もできないよ!とにかくベストをつくすよ。自分のセットを一時間やったら、ルーツ・マヌーヴァとも共演する予定。俺のセットは、いろいろなタイプの音楽をクラブ仕様でプレイする感じになると思う。レゲエからテクノまでジャンルを気にせず、サウンドだけを重要視してる『シェフィールド出身の25歳の男』らしいセットになるよ。
日本に行ってやりたいことは、正直まだ想像もつかないけど、まず街を歩きまわってみたいね。できたらスニーカーを探したいな!(笑)
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